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キヲクロスト第三話「リアライザ」

2018.12.18

キヲクロスト第二話「タシカナモノハ」

 

「代々木公園にて、すでに先遣隊(せんけんたい)が敵ヴィジョンズと交戦中だ。我々はその支援をしながら敵を殲滅(せんめつ)しつつ、敵戦略本部にロキを仕込む」

 

コウが右手をあおぐと、作戦室の中心に公園内の見取り図が立体映像で浮かび上がった。

 

「ロキ?」

 

「Local Oscillate Key Intelligence、通称『ロキ』、敵が保有する人工知能メーティスにウイルスを仕込み、内部から破壊するためのものだ」

 

「その、人工知能メーティスっていうのは、そんなに危険なものなんですか?」

 

「危険なんて代物じゃない。こいつのために人類は一度滅びかけ、今もこうして戦争の火種になっている」

 

「15年前まで人類はメーティスに支配され、そこから『叡智の7日間戦争』と呼ばれる戦いが……っと、この話はまた今度話すわ」

 

マドカがうながして、コウは説明を続ける。

 

「ヴィジョンズの発生分布からして、おそらくここ、代々木国立競技場内にメーティスのブレインサーバーがあると思われる。敵もここまで攻め込まれて焦っているんだろうな。ピンチでもあるがこれはチャンスだ!私たちがブレインサーバーにロキを侵入させるまで、アキくんとマドカは時間稼ぎをお願いしたい」

 

不安げなアキに、マドカが声をかける。

 

「だいじょ~ぶよっ、アキ!アキのことはちゃんと私が守ってあげるから!ま、ホントは私が守ってもらいたいところだけどねっ!」

 

「すみません……」

 

「あーもう!いいかげん敬語はやめてよ!前は普通にタメ語で喋ってたんだから!『僕』じゃなくて『俺』って言いなさいよ!」

 

「すみま……ごめん」

 

「うーん、ちょ~っと違うんだけど、まあ努力は認めてあげるわ、よしよし!」

 

アキの髪をワシワシとマドカが撫(な)でる。

 

「まったく、お前たちに緊張感はないのか」

 

「コウさんにだけは言われたくないわ」

 

呆れるコウにマドカはべぇっと舌を出す。

 

「まあいい、各員、作戦開始だ!」

 

 

基地を出ると、埃(ほこり)っぽい風がアキの顔を打った。

 

「う……」

 

倒壊したビル。うずたかく積まれた瓦礫の山。飲食店の看板だろうか、文字が判別不明なほど朽ちてしまった鉄板が地面に転がっている。インフラも壊滅しているのか、むき出しになった水道管に水気は無く、電線は柳の葉のように風になびいているだけだ。

 

「これが……今の世界……?」

 

「ひどいものでしょ?って言っても、私も昔の渋谷は写真でしか知らないんだけどね。ここ神泉はかつて激戦があった場所で、とりわけ損壊がひどい地域なの。まあ奪回した基地は地下にあったおかげで、ちょっと整備すれば使える状態だったみたいだけどね」

 

言葉が出なかった。この惨状を生んだのはメーティスなのか、それとも人間なのか。それを尋ねるのが怖かった。

 

「ホントはバイクで移動したいところだけどねー。音で敵に気づかれちゃうから歩いていくしかないわ。ま、そんなに遠い距離じゃないから我慢してね」

 

荒野となった渋谷をマドカと歩く。時々、遠くのほうでパラパラと銃声のようなものが聞こえる。とても現実とは思えなかった。まるで映画の世界に迷い込んでしまったかのような、血と灰の臭いしかしないディストピア。それが今の渋谷だった。

 

そんな不思議な浮遊感(ふゆうかん)を味わっていると、突然マドカにグイと腕を引っ張られた。

 

「(静かに!)」

 

ちょんちょんと右前方を指さす。そこには全長3メートルほどの石像が、キョロキョロと辺りを見回していた。

 

「あれがヴィジョンズよ。人の記憶の集合体。問題は、あれがメーティスから発生した宿主を持たない『アドホック』なのか、それとも使役しているリアライザが近くにいるのか……一刻も早く代々木国立競技場に行きたい身としては、前者を願うばかりね」

 

「後者だとしたら?」

 

「その時は戦うしかないわ。リアライザには、リアライザじゃないと勝てない」

 

その言葉に、アキはごくりと唾を飲む。

 

「……みんな、あんなのと戦っているのか?」

 

「……脅すつもりはないけど、あれはまだ可愛いほうよ。中には怪獣みたいなサイズの、何十メートル級のヴィジョンズだっているわ。まあ、サイズなんてヴィジョンズの強さにあんまり関係なかったりもするんだけど……あっ!」

 

マドカが指さした先には銃火器を持った白い軍服の小隊がいた。ヴィジョンズに気づいて迎撃の態勢をとる。

 

パパパパパッ

 

隊長らしき男の合図で一斉に射撃するが、石像のヴィジョンズにダメージを与えられている様子はない。

 

「ちっ、あのクラスには対戦車砲級の武器がないと……お願いだから、一旦引いて。もう、部隊長はなにやってるのよ!」

 

ぎり、とマドカが歯噛(はが)みする。石像のヴィジョンズは、悠然(ゆうぜん)と小隊の方へと向かっていく。

 

「やむを得ないわ、私が出る!アキはここで待機、万が一ヴィジョンズを操っていそうな人間を見つけたら、手を出さず私に合図を送って!」

 

そう言い残して、マドカがヴィジョンズの前に躍り出る。

 

「ヴィジョンズ!」

 

マドカがそう叫ぶと、まばゆい光とともに青い肌の女性型のヴィジョンズが現れた。彼女のヴィジョンズが錫杖(しゃくじょう)を地面に降ろすと、氷のつぶてが大気を舞い、巨大な氷柱となって石像のヴィジョンズを串刺しにした。

 

圧倒的な力だった。

 

「すごい……」

 

これが、リアライザ。人工知能メーティスに勝利しうる異能の力。あんな力が自分にあるのだろうか。それほどまでに、普通の人間とは一線を画した、超常の力だった。

 

「ヴィジョンズ……」

 

そう呟いて、アキも右手をかざしてみる。しかし何も起こらない。あんな力が自分にもある?とても信じられない話だった。

 

「ふう、どうやらアドホックのほうだったみたいね。おーい、アキーっ!大丈夫みたいだからこっちに……」

 

マドカがアキにそう呼びかけると同時に、その背後で何かが動いた。

 

「マドカ!右手にあるビルに誰かいる!」

 

そこには黒いローブを纏(まと)った何者かが立っていた。マドカに向けて右手をかざす。そこから放たれたヴィジョンズが、マドカに向けて恐ろしい速さでまっすぐに進んでいく。

 

「くっ!」

 

マドカが召喚したヴィジョンズが氷撃を放つも、ひらりひらりと驚くような身のこなしでそれを躱(かわ)す。みるみるうちにマドカとの距離が詰まっていく。マドカのヴィジョンズでは、もうマドカを直接守るにはとても間に合いそうにない。

 

「マドカッ!」

 

アキはとっさに右手をかざす。何も変化はない。藁(わら)にも縋(すが)る気持ちで、右手に力を籠(こ)める。

 

 

『君は最高のリアライザだったんだ』―――

 

 

もし自分にとてつもない異能の力があるなら、ここでその力を使わずにいつ使う?脳裏に甦(よみがえ)る、ヒカリがこの腕の中で冷たくなっていく感覚。もう、目の前で人が死ぬのは見たくなかった。

 

 

「ヴィジョンズ!」

 

 

アキの叫び声とともに、その右手からまばゆい光が放たれた。

 

キヲクロスト第四話「聖杯の王」

 

第一話「ゼツボウの先」

第二話「タシカナモノハ」

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