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キヲクロスト第九話「いつかどこかの遠き世界」

2019.1.11

キヲクロスト第八話「届かぬコトバ」

 

「ああああああああ!!!」

 

アキから勢いよくほとばしる黒い霧が形を帯びる。かと思うと、それは獣のような鋭さでヒゲキのヴィジョンズの片腕を吹き飛ばした。

 

「なんだ……この力は……?」

 

「……アキ?」

 

マドカの問いかけにもアキは全く反応しない。その傍(かたわ)らには、全身を黒い鎧で包み込んだ騎士が立っていた。ヴィジョンズはマドカに気づくと、静かに剣を構える。

 

「マドカ、伏せろ!」

 

駆け寄ったシンがマドカを押し倒すと、そのわずか数センチ上を黒い斬撃が通り抜け、そしてそれはそのまま会議場の壁を深々と切り裂いた。

 

「……ひゅう。ヴィジョンズを一度に2体召喚するだけでも驚きなのに、アタシのヴィジョンズをこうも簡単に……これは調子にのって、虎の尾を踏んづけちゃったかしら?」

 

口調こそ先ほどとは変わらないものの、ヒゲキの額にはじんわりと汗がにじんでいる。

 

再びヒゲキを攻撃対象に移したアキのヴィジョンズが一気に距離を詰める。その剣戟(けんげき)をかいくぐり、ヒゲキのヴィジョンズが残った腕でパンチを打ち込む。鈍い音とともに黒鎧のヴィジョンズを弾き飛ばすが、くるりと空中で反転して着地され、ダメージを与えられた様子はない。

 

「今のはけっこういいの入れたと思ったんだけどねえ。ホント、こんなのチートじゃない……まったく、竹下もこんな化け物どうやって捕まえろって言うのよ。は~あ、やだやだ。これだから中間管理職ってつらいわあ。オカマっていうのはもっと自由な生き物なのよお」

 

ヒゲキがため息をつくと、ヴィジョンズの至る所から切れ目が現れ、バラバラと細切れになって床に崩れ落ちた。

 

「パンチを受けた一瞬の間に斬りつけていたっていうのか……」

 

そのあまりの強さに、シンはごくりと唾を飲む。

 

「ま、残念だけど今回はここで撤収しときましょうか。アキちゃんは回収できなくても、彼がうざったいクランクロウを崩壊させてくれるなら、それはそれでいいもの」

 

「待て、ヒゲキ!お前たちは――!」

 

コウの問いかけも聞かず、ヒゲキは懐からカプセルのようなものを取り出して放り投げると、そこから立ち上った黒いモヤとともに、どこかへと消え去ってしまった。

 

「逃げた……?」

 

「……のはありがたいが、問題はここからどうするかだな。味方はもれなく戦闘不能、ここが崩れるまであとわずか、おまけにアキくんは暴走中ときたもんだ。それも私たちが全滅するだけならまだマシだが、最悪の場合、“鳴く”可能性だってある」

 

「う……く……」

 

それまで気を失っていたアスハが起き上がって言う。

 

「私が、彼に精神干渉してみる……うまくいけば、彼をもとの状態に戻せるかもしれない」

 

「アスハ!そんな体では無茶だ!」

 

シンの静止に、アスハは小さく首を振る。

 

「肉体的なダメージはあるけど、能力を使う分には支障はない……早く決断して、コウさん。時間がないんでしょう?」

 

「……すまない。頼む」

 

コウがそう答えるや否やアスハが精神を集中し始めると、彼女の周りを白い光が包み始める。

 

(アキくん、お願い。聞いて、アキくん……)

 

アキの精神に潜り込んだ彼女がまず感じたのは、途方もないほどの孤独だった。

 

そこは何も見えず、何も聞こえず、何も存在していなかった。時間だけが無限級数的に存在し、永遠にどこにもたどり着けないような絶望感に飲み込まれそうになる。

 

(アキくん、お願い。返事をして、アキくん……!)

 

正直アスハはアキのことをよく知らない。数日前の抗争で保護したリアライザの少年が、新しく自分たちの部隊に配属されたと聞いただけだ。

 

だが、アキの心をのぞいてみて、彼についてのどんな情報より、彼のことを理解できた気がした。そしてもっと彼のことを理解したいと思った。

 

アスハは手を伸ばす。とはいっても腕の感覚はない。あるのはどこまでも続く闇だけだ。だが、手を伸ばした先に、何かが触れた感覚がした。

 

途端に電灯がつくように、目の前にセピア色の世界が現れる。分厚い雲が世界を覆(おお)い、無数のビルが音を立てて崩壊していく。そこには人の気配はおろか、生命の臭いすら一切ない。今の世界が終わりゆく世界だとしたら、そこはもはや終わってしまった後の世界だった。

 

今まで多くの人の心をのぞいてきた彼女だが、こんな世界はいまだかつて見たことがなかった。そこにはどこまでも、悲壮と孤独だけが漠然と広がっていた。

 

 

荒野を延々とアスハは歩く。どれだけ歩いただろうか、時間の感覚は失われているので定かではないが、アスハがこうして精神干渉を続けられているということは現実世界ではそう時間は経っていないのだろう。けれど3日とも一週間とも、あるいは一年と言われても納得がいくその終わりなき寂寥感(せきりょうかん)に耐えきれなくなり始めたころ、どこからか、かすかに人の泣く声がした。

 

声のもとをたどっていくと、小さなボロ小屋のすみで、男の子が泣いていた。

 

アスハは尋ねる。

 

「……どうして、あなたは泣いているの?」

 

男の子は答える。

 

「みんなきえちゃったんだ。パパも、ママも、ともだちも、みんな」

 

男の子は続ける。

 

「ぼくがけしちゃったんだ。みんないなくなっちゃえばいいとおもったから」

 

泣きじゃくる男の子を、アスハは優しく包み込む。

 

「あなたのせいじゃないわ」

 

アスハの言葉に、男の子は首を振る。

 

「きえちゃうまえにパパがいったんだ。『きにいらないならけせばいい。そしてじぶんのほしいものをあたらしくつくればいい』って。ぼくには『そうぞうしゅ』のちからがあるんだって」

 

「それって、どういう――?」

 

アスハが尋ねると、急に男の子は夢を見ているような目になり、訥々(とつとつ)と語り始めた。

 

「事象干渉による世界改変、それがアキのヴィジョンズの力。アキが強く望めば、世界はアキの望むように変わる」

 

「!?」

 

「だから決してアキを絶望させてはダメ。絶望は、世界を丸ごと作り変えてしまうほどの大きな力をもたらしてしまう。それがホワイトレイブンの人たちの狙い」

 

「あなたは、一体――?」

 

「……ごめんなさい、私に残された力もあまり多くはないの。あなたたちを助けてあげられるのも、今回だけかもしれない。だから、お願い。あなたたちが、アキを救ってあげて」

 

男の子の姿が、映像がかすれるようにチリチリと変化していく。

 

「私の名前は渋谷ヒカリ。そしてアキに伝えてあげて。あなたは決して、一人じゃないと」

 

現れた女の子がそう告げると、大きな振動と共に世界が崩れ始めた。

 

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